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嫁姑戦争?

2011.02.22 (Tue)

ようやく姑が家に来た。「別に来たくないなら、来ないで結構!」なーんて言ってみたものだから、また激怒されて。波乱の後。
まあやっぱり所詮他人は他人?
こんな程度のイヤミというか、たとえば実家の母となら、何かの拍子でちょっとオーバーアクションというか、多少わざとらしい言い方で、小さな攻撃をしかけたりなんてことはあるものだ。激怒するほどのことはないだろう。

嫁と姑だから、という慣用句は、私には通じない。
これは、人と人との問題だ。ちょっと考え方が違う程度ではなく、もうまったく根本的な生きる姿勢が異なってしまう2人の人間が存在しているからなんだろう。

普通は、こうやってもう世界観が違う存在同志は、接点ができないのが常だ。が、夫という人物を介して接点ができてしまうことが、まあこれがまた結婚生活の醍醐味でもあるのだろうが。。

なんてきれいごとを言っているのでは済まず、時々荒れたくなる次第。いや、それはそれでいいんじゃないかな。ストレスをため込むのはよくないし、絶対的な上下関係なんて存在しないと自分は思っている。
「人間として」反抗する時はする、そのほうが自然だ。

そもそも、そこのところが、相容れないのだろう。相手は、絶対的な上下関係が存在することを信じている。彼女は時を経て、一族の中でようやく黄門様の印籠を手にしたのだから。
いやわたし、水戸黄門というドラマ、好きじゃないんだなー。印籠に依存した生き方とか。

私は、こうと口で言われて教育を受けてきたわけではないが、家族というモノは、ホンネで向き合う唯一人が持ち得る関係性だと、育った過程や社会生活の中で、そう確信している。

弱みや悩みを分かちあって、無償で助け合って、支え合っていく間柄。おたがいに苦労掛け合うこともあるだろう。対立もあるだろう。泣いたり笑ったり、山あり谷ありである意味ぶつかりあって、成長していくための存在。いつだって、用がなくてもあっても、会いたい時に会えばいいし、忙しくて盆暮れ正月に会いにいかなくたって、それが何だという感じだ。

ところが、家族とは最も大切にしなければならない関係性だから、迷惑かけちゃいけない、ケンカも極力避けるべしと、確信している人もいるんだな、これが。最も尊重するが故に、当たらずさわらず距離を置いて、便りがないのはよい証拠と、盆暮れ正月に絶対会うことを信念としていれば、あとは問題ない。それが家族だと。

どちらの考え方にも一理あるというフシはある。だからと言って、嫁姑戦争は一体いつまで続くのだろう?
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テーマ : 嫁・姑問題!? - ジャンル : 結婚・家庭生活

00:00  |  家族
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